38 2023/11/3 キリエの歌

 私が珍しく、本当に珍しく、映画館で観たい映画を発見して、でも内容が息子たちに合うかどうか分からなかった上、3時間と長めだったので、妻と二人で出かける。

 キリエの歌、と言う映画なのだが、私は元々岩井俊二監督作品が高校時代から好きで、スワロウテイルやリリィシュシュは当時私のアンニュイ感への憧れを搔き立てた。

 あの何とも言えない空気感が大好きだ。

 更に、私が最近気に入っているアイナジエンドが主演という事で、これは音の良い映画館に見に行かねばとなったわけである。スワロウテイルでのチャラを見て、全然好みの見た目ではないのに女神に見えてしまったように、岩井俊二が元々好きなアイナジエンドをどう撮るのか、興味深々であった。

 因みにアイナジエンドは元々アイドルグループの一人なのだが、私はそのグループのファンではない。と言うか、ほとんどそのグループを知らない。ただ、アイナジエンドを探すうち何度かステージをユーチューブで見た事があり、その中でアイナジエンドはアイドルらしく笑って踊っていたが、彼女は明らかにソロ向きだと思った。歌も、踊りも、存在感も。

 どっちが上とかいう事ではない。高校時代、私の通っていた高校は珍しく芸術クラスがあり、私は美術の油専攻だったが、音楽クラスにはピアノやバイオリンと共に声楽専攻の人もいた。巻き舌でドルッドルのドイツ語でグワーっと響く歌声はそれは迫力があった。

 と、同時に同じくうちの高校の合唱部は全国トップレベルだったのだが、前者の声楽専攻の生徒は合唱部には入れなかった。

 声が合わないから。と言う理由であった。そういう事だと思う。

 話し戻って映画の話し。

 映画を見終わった後、妻の感想は、おしゃれな世界の人が見るやつだった、だった。

 一瞬私がおしゃれだと褒められたのかと嬉しくなるが、おしゃれ、とは何だろう? 私の映画の感想は、個別の感想でなくて申し訳ないが、感傷的で美しく、優しく、懐かしさを孕んだ岩井俊二の世界にどっぷり入れたなー、だったから、この食い違いはなんだろう、と思う。

 聞けば妻は、ドラゴンフィッシュもスワロウテイルも、ピクニックもラブレターも、何も岩井俊二作品を見た事がないらしい。そう言えばリップヴァンウィンクルも私で一人で見たような気がする。結構きつい場面もある事があるので妻に勧めず一人で観た気がするが、そう言えば、そうか、妻からしたら馴染みのない世界で、みんなが観るようなものではないんだ、と思う。確かに言われてみれば、万人受けするものでもな気がする。

 でも、おしゃれって何だろう? 私がおしゃれであるという事は前提として、彼女は何を持っておしゃれとしているのだろう。引き続き、妻に説明を求める。

 妻曰く、シャネルとかプラダとか、そう言うおしゃれ、ハイセンス、みたいなのとは違って、なんというか、芸術系の人が好みそうなもの、との事。なんとなく、世界が違くて踏み込めない世界に、私に連れられて踏み込んでしまった、みたいな感じ、面白かった、ありがとうと、お礼まで言ってもらえた。

 それは良かった、と思いながら、あれ、別にそれって私を褒めてはいないと気が付く。

 同時に、なんか納得もしてしまう。私からしても、所謂現代芸術作品に関しては、二の足を踏む。金色の便器とか、キャンパスを縦一文字に切り裂いたものとか、私には伝わらないし、ピアノの前でただ座る無音の曲とかも、哲学が追い付かない。

 きっと、中学生の時に初めて一人でタリーズに入ったり、高校生の時に初めてレコード屋に行ったりした時のような、ちょっとしたむずむず感なのだろうと思う。

 逆に、私には妻が師範になろうと10年以上続けている華道の世界など、ドキドキして緊張してしまう。私のようなぐうたらがいてはいけない世界だと思う。

 みんな、世界を持っていて、自分以外の世界が輝いて見えたり、陰って見えたり、そういうものなんだろうとは思う。

 でもとにかく、妻と映画自体よりもそんな話で盛り上がり、楽しめたのが嬉しかった。

 今日はいい日であった。

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